神の代理人とは、カトリック界に唯一人のローマ法王のこと。
ルネサンス期に君臨した、特に際立った存在の四人の法王を取り上げた、連作中短編集。
当時のイタリア半島は、小国・独立都市国家が並立する、日本で言うところの戦国時代のようなものでしょうか。
それぞれの都市国家が競ってルネサンス文化を発展・開花させ、隆盛ぶりを見せていくと同時に、周囲のフランス・スペイン・イギリス等の欧州列強、さらにイスラム・トルコから、常に侵略の危機に曝されている時代。
都市ローマを含むイタリア中部に広がる法王領も、半島の一小国と同様、常に他のイタリア国・列強国間との、攻防の微妙なバランス上に存在する。
このような状況の中、ローマ法王とは、信仰上の象徴たる人であると同時に、中世の王侯領主としての役割を併せ持つ存在となっている。
政治・経済・軍事力、外交交渉と、更には権謀術数、有形無形の攻防戦が繰り広げられる、渦中の中心人物。
どのような特異ぶりを発揮したか、四人四様の特徴がこの物語の醍醐味。
それぞれを、異なる手法で描き出している。
確たる歴史認識と意識の元に書かれていると、実感させられる。
また、現地在住の、かの時代に連なる国特有の皮膚感覚のようなものを、感じさせられる。
ピオ2世(就任年齢:53歳 在位期間:1458~1464)
豊かな経験と才能に恵まれた知識人と見なされていた、シエナの枢機卿は、法王に就任するや、突如、絶えて久しい”十字軍”遠征を唱える。
が、イタリア、各列強国とも、反応は冷ややかであり、その召集に対しても、一向に果々しい動きは起こらない。
現状洞察に長けていたはずのピオ2世は、一人、宗教的情熱をひた走り・・・
病身を押して熱望し続けた、最後の”聖戦”のゆくえ。
アレッサンドロ6世(就任年齢:61歳 在位期間:1492~1503)
四編の中で、面白い手法だなと、一番楽しめたのがこの「アレッサンドロ6世とサヴォナローラ」。
登場人物は4人。
ローマの法王アレッサンドロ6世・・・ボルジアの悪徳と共に、最も悪名高い法王。かの”チェーザレ・ボルジア”の父。
修道士ジローラモ・サヴォナローラ・・・時の法王と法王庁に激しい非難攻撃。
フィレンツェからのメディッチ家追放に成功し、神権政治を実現させようとする。
バルトロメオ・フロリド・・・法王の秘書官。
ルカ・ランドゥッチ・・・フィレンツェの薬種香料商人。
彼ら4人がそれぞれに記した紙片。
ローマの法王と、フィレンツェのサヴォナローラ間で取り交わされた書簡。
フロリドが日記に認めた、法王の様子。法王庁内部からの視点、所感。
ランドゥッチの年代記に残された、フィレンツェの街並み、民衆の反応。
これらの記述が、月日順に開示されていくことにより、
熱狂的なフィレンツェ民衆の支持を背景に、台頭し始めるサヴォナローラが、フィレンツェを掌握してゆき、やがて突然に支持を失い、異端として処刑されるまでの間が、刻々と描かれる。
ジュリオ2世(就任年齢:60歳 在位期間:1503~1513)
自ら遠征軍の先頭に立ち、戦争に出かけてしまう法王。
純粋な宗教心の発露と信じるが故か。
イタリア外の列強国を、引き入れる結果となり、イタリア全体は弱体化してゆくことに・・・。
レオーネ10世(就任年齢:37歳 1513~1521)
戦争に明け暮れたジュリオ2世から一転、平穏な治世を期待されて就任したレオーネ10世。
「ローマは劇場だ。どんな劇でも上演できる世界で唯一の劇場だ。観客はいない。なぜならば、ここでは、全員が役者になる。外国人も旅行者も、はじめは観客のつもりでいても、いつのまにか登場人物にされている。ローマはそういう劇場さ。
神があたえてくれたからには、楽しもうではないか、わが治世を。悲劇が喜劇かは知らぬ。どちらにしても同じことだが、なるべく笑って終わりたいのう」(本文より)
この自らの台詞が象徴するままに、祭りを楽しみ、狩りを楽しむ。
様々に趣向を凝らした、祝祭のもようが繰り広げられる。
が、その水面下では、巧みな外交手腕を駆使する、老獪な政治家でもあった。
巨額の借財を残して、唐突にその一生を終える。
宗教改革の嵐直前、ルネサンス終焉へと、煌きを発するイタリアの風景。
華やかな祭りの情景・雰囲気も楽しめる一編。
2004. 9.15 記
欧州の歴史ものでは、一押し!(と勝手に青橘が思っている)森川氏の、
”ジローラモ・サボナローラとロレンツォ・ディ・メディチ・・・運命の邂逅”を描いた秀逸の一話。
代々の金融業の力を背景に、フィレンツェに実質君臨したメディッチ家。
自由で、あたかも、たった一人この世に立とうとしていたかのようなロレンツォと・・・。
傲慢ともとれる、ひた向きな信仰の元、苛烈な説教を行うサボナローラ。
熱しやすいフィレンツェの民衆は、彼の説く神権政治を選び、メディッチを追放する。
が、気まぐれで、すぐ冷めやすい民衆に、たちまちニセ預言者と断罪される。
泡沫の春に漂う、花の都フィレンツェの気質が、切ない情感と共に、鮮やかに描かれる。
全ては、移ろいゆき、いつか時の中に流れさる・・・。
2004. 9.16 記